retrospective
久しぶりに訪れる松葉寮は
どこもかしこも変わってはいなかった。
久しぶりといっても最後にここを訪れたのは三日前であるが…。
本来なら部外者立ち入り禁止のこの場所に
堂々入れるのは、渋沢達の力のおかげだった。
「失礼します。」
と、礼儀正しく挨拶をすると寮内へと入ってく。
来賓用からではなく生徒入り口から。
たとえ堂々と入れても、普通は来賓用入り口を使わなければならない。
前回、そちらを使い寮母さんと話をしていたら渋沢に怒られたのだ。
なぜ怒られたかはよく判らなかったのだが。
後の藤代情報によると、寮母さんと話してる時間がムカついたからだとか。
「久しぶりだな。元気だったか。」
優しい笑顔で出迎えるのは渋沢本人みずから。
「…三日前にもいってませんでした。それ?」
「いや、一日会えなかったから久しぶりなんだよ。」
「散々毎日長電話していて…なぁにが元気だったかだよ。」
後ろにある柱の影からこそこそと交わされる野次馬達の会話。
聞こえてきているぞと…咳払い一つで封印。
振り向いて笑顔を見せるだけで、全員その場から一気に撤収した。
無論将は全く気が付いていない。
「はい。渋沢先輩もおかわりなく。」
普通に返事を返す。
「そうだ。これ。お土産です。
他の皆様の分もありますので…。」
「そっか。気をつかわせて悪いな。」
差し出された紙袋を受け取りながらいう。
重さからして饅頭あたりだろう。
「いえ。これ要冷蔵なんです…。」
「じゃあ、食堂によってから行こうか?」
「すみません。」
普段ならうるさいのが居ない自室に行くのだが、
将のお土産もあり本日は食堂に寄っていく事にした。
食堂へと向かっていく途中にある柱をみて将はあっと声を上げる。
「この柱。まだあったんですね…。」
そっと手を触れる。
普段は通らないから見なかったけれど。
少しふるぼけた柱。
色もはけていてぼろぼろだがしっかりと立って支えている。
「ああ。もう何年にもなるらしいけどな。
触ってるとなんだか落ち着かないか?」
「ええ。すごく安心します。
ずっと…昔から支えててくれたんですね。」
ポンと将と同じように渋沢も柱を触る。
普通に歩いていたら素通りししまうだろう。
が、寮生なら誰もが知っていた。
創立当初から立っていた柱。
この場所で入れ替わる生徒達を毎日見ていた。
そうおもうだけで胸が熱くなるのが判る。
「ここで、お茶でもして行こうか?」
突然の提案。
確かに隅っこで邪魔にはならないかもしれないけど、
ココは廊下で。
他にもたくさんの人が通るわけで。
「でも…。」
「実はな…この柱潰されるんだ。
寮の改装で…今度。」
渋沢は静かに言葉をつむぐ。
寮の立替で、この柱は邪魔になってしまうのだ。
だからといって別の場所に移すこともできない。
「そうだったんですか…。」
なんだか胸の中が寂しく悲しい。
また一つ思い出が消えてしまっているようで。
「だから…な。」
二度目の提案。
もちろん断る理由はない。
この柱のところで今までの思い出に感謝しよう。
そして…これからの思い出を作っていこう。
のんびりほのぼのオーラによって、
しばらく寮生たちは食堂へと近づくのをやめたという。
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